パーティーはそのままで

少し前の話になるが、10月31日、渋谷が仮装をした若者で溢れ返ったことで話題になった。
その背後にどのような企みがあったのかは関知するところではないが、「ハロウィン」に仮装をしてワイワイ騒ぐ若者の様子が、メディアで大きく報じられるようになったのはここ数年のことと記憶している。
 
そして、丁度同じころから、邦楽ロックの界隈では「パーティー」という表象が散見されるようにもなった。
 

 

私見では、その原因はJポップの解体=ポストモダンの到来にあったと考えている。
以下は、この説についての簡単な論証となる。
 
一般に、日本でポストモダンが本格化したのは90年代からとされるが、音楽文化におけるその到来は、恐らく07年ごろである。
ポストモダンの時代は、大衆が共有する価値観や経験=「大きな物語」の衰退に特徴づけられるが、邦楽においてはJポップという「大きな物語」が21世紀に至るまで君臨し続けたのである。
 
そのJポップ=「大きな物語」の限界性が明らかとなり始めたのは、00年代の初頭の辺りである。
90年代においては毎年10作以上輩出されていたミリオンヒットは、00年代に入ると毎年1作で出るかどうかの状況へと急転した。
世に言う「CD不況」の到来で、さらに00年代中盤に至っては、パクリ問題がワイドショーを賑わし、違法コピーの横行とそれに対応するような悪名高きCCCDの発売と、まさに大衆音楽は暗黒期と呼ぶべき時代に突入したのだった。
 
潮目が変わるのは07年である。
この年、初音ミクとニコニコ動画が世に生まれ、音楽にもマンガや小説で盛んにみられるようになっていた市民が担い手となる「二(n)次創作」の文化が根付き始めた。
つまり、ここでJポップ=「大きな物語」が死の床につき、初音ミク―ニコニコ動画を中心とした無数の同人音楽=「小さな物語」が氾濫する邦楽のポストモダンの時代が始まりを迎えたわけである。
 
そして、ここで壁にぶつかったのが邦ロックのバンド群である。
特にロキノン系と呼ばれたバンド群は、TVに出演する/しないのような安直な対立軸によって、
大文字のシーンに対し、ジャンル伝統の反抗のノリを形骸的に維持し、若者からの支持を集めてきたが、
Jポップの死によって、彼らのその戦略は完璧に無化されることになったのである。
(紅白やMステに一部のバンドが出演するようになったのは、もはやそのノリを維持することに価値がなくなったからとも理解できる。意外と彼らは優秀なマーケッターなのかもしれない。)
 
しかし、一方で、そのカタストロフが昨今の多様化したシーンの展開する余白を用意したのだった。
 
例えば、10年代に入り、輝きを放っているインディーロックシーン。
彼らはロックの反抗の精神を、身近な対象への批評的なまなざしへと昇華させることで、鋭く現代社会の断片を描き出すことに成功している。
 

 
そして、「パーティー」という表象も、旧来のロックシーンの破局が生み出したバリエーションの一つと考えられる。
しかし、その思想はインディーロックのそれと比較すると、限りなくデカダンだ。
 
パーティーとは言うまでもなく「いま、ここ」の快楽を最大化するシステムである。
いわば、彼らはその「安酒の酔い」によって、ロックの批評性、あるいはパースペクティブを果てしなく麻痺させ続けることを試みているのだ。
 

 
しかし、である。
それは「降伏」というより、むしろ逆説的な「抗戦」=プロテストではないか、と僕は思う。
 
どんなにデカイ一撃が来ても、世界は終わらないし、変わらない。
ならば、この「終わりなき日常」の快楽を果てまで享受してやろう、とそんな具合だ。
 
存外、今最もロックの精神を最も真っ当に引き継いでいるのは彼らだったりするのかもしれない。
(セックス、ドラッグ、ロックンロールというだけあって、刹那的快楽との相性は最高なことだし。)
 


 
それで、最近僕はどうしてかそのプリティな抵抗に、たまらなく心惹かれている。
仮装で騒ぐ元気はないけれども、仮想のパーティぐらいなら、いつだって繰り出したいと思っている。
 

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