『マンチェスター・バイ・ザ・シー』――海が見つめる

仕事で疲れたときに、不思議と海を眺めたくなる瞬間がある。
狭い世界での暮らしに息が詰まりそうになっているからかもしれない。
 
海ははるかに開かれていて、その先の見知らぬ世界のことを想像させてくれる。
世界は広く、そこには様々な可能性があるということを、端的に再確認させてくれる場所が海なのだと思う。
 
ではもしも、そんな海が陸に住まう我々を眺めていたとしたら。
閉ざされた世界で窒息する人々は、さぞ哀れに映っているのかもしれない。
 
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は、そんな錯覚を誘う。海が、見つめている。
 

 

親しい兄のジョーが亡くなり、故郷マンチェスターに戻った便利屋のリー。
そこで彼は、ジョーの息子パトリックを引き取り、マンチェスターで暮らすよう記された遺言を目の当たりにする。
渋々パトリックを引き取り、マンチェスターでの暮らしを始めるリー。
しかし、寡黙で静かに生きるリーとは対照的に、パトリックは欲望のままに遊びつくす今どきの若者だった。
 
本作は、そんな二人が心を通わせあうまでを描いた作品というのが適切かもしれない。
しかし、それは互いの歩み寄りの帰結ではなく、後ずさりをしていたらいつの間にか背中合わせになっていた。そんな具合なのだ。

*

そもそも、リーはなぜ故郷マンチェスターを離れたのか。
それは、自身の酒酔いが原因の事故で、三人の子供を失ったからであった。
一方、リーの前妻ランディは子供を失い、彼と別れた後もマンチェスターに残っていた。

ある日、リーはマンチェスターの街角でランディとばったり出くわしてしまう。
ベビーカーに子供を乗せているランディ。彼女はリーと別れた後、再婚して新たに一児を授かっていたのだった。
ランディは過去の事故について、リーを強く責めたことを詫び、もう許したのだと告げる。
徐々に感情が高ぶり、取り乱していくランディ。彼女は最後には「許してほしい」と嘆願し始めたのだった。
戸惑いを隠せないリーは、返す言葉もわからずなかば、強引にその場を立ち去ってしまう。
そして、表現できない感情を抱えた彼は、バーで酒を飲み、喧嘩沙汰を起こしてしまう。

*

一方、リーとの暮らしにストレスを抱えていたパトリックは、酒に溺れ、彼が幼いころにその元を去った母親を訪ねていた。
数年来に再開した母親は、見違えるように落ち着いた女性になっていた。彼女の隣には再婚相手の姿もあった。
だが、パトリックは徐々に違和感を覚えていく。
テーブルを埋め尽くす菜食。厳格な食前の祈り。知らぬ間に、彼女は敬虔なキリスト教徒になっていたのだった。
そして、パトリックはその違和とどうしても折り合いをつけることができなかった。
帰り道、「母親はまともになっていたな」と評するリーに対し、パトリックは「そうやって僕を追い出そうとする」と強い反発を見せる。

*

ところで、マンチェスター・バイ・ザ・シーとはアメリカの東部の小さな港町のことである。
その名の通り、街は海に面しており、ジョーはその海で漁師をしていた。
だから、リーは兄ジョーと甥っ子にあたるパトリックの三人で、よく船釣りを楽しんでいたのだった。

船上で陽気にジョークを飛ばしまくるリーとそれを鬱陶しがるパトリック。
家に戻り、ランディにいの一番に「パトリックが大きなスズキを釣ってな」と嬉しそうに報告をするリー。
物語の合間には、そんな多幸感あふれる回想が何度か挿入される。
 
だが、あの事件の後、リーにとって海は忌むべき存在に変わっていた。
物語の最中、リーが窓越しにふとマンチェスターの海を目にし、突然窓ガラスをたたき割る瞬間がある。
刹那の激情。あれは、彼が海からの視線を感じ、それに苛立ちを覚えて生まれたものではなかったか。
そして、開かれた世界、未来への可能性ーー海が孕むその寓意は、彼がランディとの再会で覚えた戸惑いの正体ではなかったか。
 
すなわち、リーとパトリックに共通していたのは、何かの赦しを得ることで、未来へ進もうとする態度への疑問だった。
裏を返せば、新しい暮らしを始めるのではなく、失われた大事な人たちとの紐帯を守り続けること。
その態度の共通により、彼らは互いを尊重しあうことができるようになっていったのだ。

*

物語のクライマックス。
リーはパトリックに「乗り越えられない」と告げる。結局、彼はマンチェスターで暮らすことに耐えられなかったのだ。
パトリックはジョーの親友であるジョージに託され、リーはまたボストンでの便利屋の暮らしに戻ろうとしていた。
 
彼らはこれからも閉ざされた世界を生き続けることになるのかもしれない。
だが、その孤独をわかりあえる存在を得たことだけは確かだった。
 
ジョーの遺体を埋葬した帰り道。木漏れ日差す坂道での言葉数の少ない会話と、それを補うようなゴムボールでの戯れ。
不器用なおじと甥っ子の懸命なコミュニケーションは、是枝監督の『そして父になる』のあの親子の様子とも重なってくる。
 
ラストカット。リーとパトリックは船上で、久々の釣りを楽しんでいる。
穏やかに流れるその短い映像は、海との、開かれた世界との和解を表しているのかもしれない。
「こっちの世界もそんなに悪くないさ」ーー海鳥の鳴き声に紛れて、そんなつぶやきがあるのかもしれない。
 

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