『La La Land』――ピアノの弾けない僕たちは

ミアは一世一代のオーディションを終えた後、セブにこう問った。「私たちこれからどうなるの」と。
それに対してのセブの答えはこうだ。
 
「わからない。これから君は夢を追うんだろう。」
 


 
セブを振り切って、一度は実家に帰ったミアが吐くそのセリフは、言うまでもなく「やり直しましょう」のニュアンスを内包している。
それに対して、セブの返答は極めてドライなものに映るかもしれない。
セブに愛はないのか。もちろんそんなわけはない。
彼はミアの実家を探し出し、もう一度オーディションを受けるように勧め、会場まで送っていった男なのだから。
 
夢を掴むことの困難さ。詰まるところ、セブはそれをミアよりもよく知っていたということなのだ。
アメリカ各地ツアーを展開する人気バンドに加入した彼は、自身が志すジャズとは程遠いエレクトリックな音色の鍵盤を叩き続けた。
それもこれもミアとの生活を守るためだった。
しかし、いつからか手段は目的となり、皮肉にも、夢を忘れた彼を見て、ミアはセブとの距離を感じるようになっていったのだった。
 
だからこそ、セブは安易に「やり直そう」とは言わなかった。
本気で彼女が夢を叶えるために、自分が傍にいるべきではないとわかっていたのだ。
 
*

エピローグ。五年後の世界。大女優になったミアは、偶然セブが開いた店に入る。
ステージからミアを視界に収めるセブ。ミアの隣には見知らぬ男が座っていた。
 
セブはピアノに向き合い、静かなタッチで演奏を始める。
いつかのレストランで、セブの演奏を気に入り、ミアが声をかけてきたあの曲。
しかし、オーナーに解雇され気が立っていたセブは、その時彼女を粗野にあしらって店を出たのだった。
 
もしもあのとき彼女を抱き寄せていたならばーー。
ありえたかもしれないミアとの日々を思いながら、セブは演奏を続けたのだった。
 

 
*

セブの演奏が終わると、ミアは夫を促してすぐに店を出る。
そして、店の入り口で、ミアはステージを振り返り、セブとほんの短い時間見つめあった。
 
その時のセブの表情には、後悔ではなく誇らしさが刻まれていたように思う。
同じ時代に、夢を目指した二人が、いまこうして互いに夢を叶えているということ。
愛の喪失があっても、彼らは夢の実現でそれを乗り越えることができたのだ。
 
*
 
いまでもよく覚えているのだが、大学の卒業式の日、僕は朝までさんざんに飲んだ後、電車で家に帰ろうとしていた。
もうすっかり日も登っていて、駅のホームでは通勤するサラリーマンの姿が目につくようになっていた。
そのとき僕は、なぜかどうしようも悲しくなって、人目もはばからずに延々と泣いた。
電車がホームに着いて、車両に乗り込んでからも涙は止まらなかった。
おそらくは、学生生活が過去になって、そしてもう二度と今にはならないことを肌で感じたのだと思う。
 
それ以来僕は、過去の亡霊が現れることに怯え続けている。今が過去にならないように注意深く生きている。
 
それと同時に、すっかり決断をすることができなくなった。
いま、この瞬間になにかを選ぶことは、選ばなかったものを過去に置き去りにすることになるからだ。
 
選ぶことが少なければ少ないほど、選ばなかったものの総量も少なくなる。
そんな浅はかな論理で、変わらない日々を送り続けている。
 
セブは自分の店を開いたが、僕ならばキースのバンドに残り続けただろう。
カメラマンに促されるがままに、気取ってピアノを弾き続けただろう。
 
しかし、選ばないということは、「選び続けた自分」という最後のよりどころを持てないということでもある。
ふと虚無を感じた瞬間に、もう一度スタートするための、起点となる誇るべき自分がいないのである。
 
*
 
約七畳のこじんまりとした我が家の片隅には、一台の電子ピアノがひっそりと置かれている。
大学の頃に、漠然と音楽をやりたくなって、高校時代の貯金をはたいて買ったものだ。
当時はピアノのレッスンにも通って、しこしこと練習をしたものだが、演奏の技術は驚くほど上達しなかった。
 
いまになって思えば、その理由はシンプルだった。僕には夢がなかったのだ。
弾けるようになりたい曲があるわけでもなかったし、演奏を聴かせたい誰かがいるわけでもなかった。
 
だから、社会人になってから、僕はほとんどそれには触れなくなった。
最後の最後までレパートリーはゼロのままだった。
 
ピアノを弾けない僕たちは、いったい何にすがって生きていけばいいのだろう。
 

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